日記・コラム・つぶやき

2007年12月31日 (月)

お礼参りで締めくくり

一年間のお礼参りに熱田神宮へ。ここ10年くらい続けている年末行事である。

年始詣を避ける理由はただ一つ、人出が多すぎて疲れてしまうこと。比べて、大晦日の夕方は参拝人もあまりおらず、静かな寒さの神宮の雰囲気が亦よいのだ。

正殿前はすでに一般参詣用の柵と賽銭受けのかますが階段前に作られていて拝殿前には進めない。賽銭を出して、二礼二拍手一礼の正式スタイルで、家族の一年がまずは無事に終了することを感謝して、来年も同様にとこころで祈った。周りには数組のカップルや親子連れが同様に祈っている。

ここで気になったのは皆がおそるおそるといった感じであること。だれも見ていないのだから、もっと堂々と振舞ったらどうだとおもうのだが、拝殿前への進み方もオズオズだし、もっといけないのは、拍手を打たないこと。一緒に来ている親たちが、おそるおそるだから、それが子どもたちにうつるのだろう。

同年輩、60代の爺婆が、拍手のひとつも打てないとすれば、その子や孫が「おずおず型」の参拝になってもしょうのないことだろう。21世紀の神道もすこしずつそのスタイルを変えてゆかざるをえないのだろうか。伊勢の式年遷宮というシステムは、考えてみれば、こうした、古い形式を後世につたえるということからすると、なかなか良いやり方なのだと思う。

拍手を打たずに参拝を終わった家族ずれは、いそいそと社務所のお札売り場へ向かった。何kを買うと安心するのが現代日本人の心のあり方ではある。

今日で365回の「すれぎ譚」。最初は続くのかと思ったが、夕食後の1時間で、当日のトピックを文章化する作業にもなれ、結構たのしい電子日記づくりだった。来年は、ブログの場所も名前も変えて、新装開店。

二年目の電子日記は、携帯電話で撮影するスナップを入れ込んだ絵日記にしてみようと思う。ねずみ算の子年は繁栄の年だとか。64歳の365日ははたしてどうなるのか、それは絵日記でお披露目としよう。

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2007年12月30日 (日)

みそかの買い物

正月の食い物を買ってくるように頼まれてM坂屋へ出かける。会社は正月休みで街中に営業車の動きはないが、自家用車がいつもより我が物顔に走り回り、都心には人手も多い。

さすが老舗の百貨店、地下の食料品売り場には、こちら同様に年末年始の食糧を買いだしに来た家族でいっぱい。最中を買おうとナショナルブランドの和菓子のT屋へ。年始の土産にするのだろうか、箱入りの羊羹や最中を買い求めるお金持ち風で身動きがとれないほど。残る買い物を早々に終えて人ごみから離れ、駅にむかって大須の商店街を通り抜ける。

例のLEDの色とりどりなデコレーションに飾られたアーケードも人でいっぱい。百貨店の一見お金持ち風にかわって、こちらは外国人の租界風である。いろいろな眼の色、様々な服装のおおきいのやちいさいのが、それぞれグループをつくりながら違ったコトバで胸を張る。手には大きなショッピングバッグ。百貨店のように暖房が効いているわけではないが、寒くてもみんな元気だ。年末バーゲンが進行中だから、それを目当てのショッピングだろうか。

百貨店でもそうだったが、客がはいっているのは飲食店が多いようだ。イギリスの高級紅茶の店には、女性客がダベリングタイムだし、牛丼のYの屋には若い男性客ばかり、大須のとんかつ屋も、となりの中華料理も、さらに台湾のフードスタンドも市場のうどん屋も、みんな結構な賑わいである。トルコのシシカバブの店にもトルコ人の家族が並んで順番を待っている。

1週間の正月休みが始まったばかり、暮のボーナスで懐もちょっとは暖かいから、街に出たついでに一家で外食といこうというわけだろうか。昔とちがってデパートもスーパーも正月早々から営業するのだから、いわゆる「おせち料理」も作る家庭はすくなくなっているのだろう。あまり「晴れ」の気がでない近頃の正月。しかし、その分、主婦の負担や面倒は軽減されたはずで、軽減ついでの「外食シリーズ」ということになるのだろう。 

さいわい、車で行けるレストランの種類は昔の比ではなく多くなっているのだから、1週間の正月休みに毎日夕食を外食でするとしても、ヴァラエティにことかくということはない。ともあれ、一寸見豪華、子供の喜びそうな外食レストランのテーブルを囲んで三十日の夜はすぎていく。

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2007年12月28日 (金)

お歳暮カレンダー

今日は会社の仕事収め。年賀用のインクジェット葉書を買いに立ち寄ったパソコンショップは人でいっぱい。ゲームソフトのレジは長蛇の列になっている。正月休み用のソフトを買う若い連中ばかりが目立つ。

名古屋駅の構内を通って名鉄の乗り場に向かう。会社員の帰宅時間とかさなってコンコースも人で溢れている。鞄のほかに丸めたカレンダーを脇に抱えていたり、種類の違う数本を紙バッグに溢れそうにいれて運んでくる中年男性たちと行き交う。一時期ほどではないにせよ、景気も回復してPRカレンダーを作る企業もふえているのだろう。

自分も在職中はこんな様子だったのだなあと、総務課の受付横に置かれたダンボールボックスと、関連業者から暮の挨拶用にと持ち込まれた大小のカレンダーの山を思い出した。12月の中旬にはいっぱいあったたくさんの紙筒も、デザインのいいものから無くなってゆき、仕事収めのあたりになると、残っているのは、薄い中型サイズの貧相なカレンダー数種のみ。

みんな気の利いたものは始めから狙っているのだ。気の毒に残ってしまうカレンダーを持ってくる会社というのも毎年同じだ。こちらからは残っちゃいましたとは報告しないから、業者氏は知らぬが仏。こんなものにも、細かい配慮というものが必要なのだろう。

会社カレンダーというと、ツルマル印の飛行機会社が出している有料の「宝物シリーズ」と「スチュワーデスもの」を思い出す。ツルマルのスッチーだったN女史。その仕事つながりで、当時は希少だったカレンダーをこっそりと送ってくれたりしたのだ。その彼女も今はもう亡い。

駅頭をカレンダーをもって行過ぎるのは、ほとんどがおじさんサラリーマン。若い女の子は一人といって持っているものをみることはなかった。これも面白い現象である。

名鉄のホームでは、人身事故で河和線が普通になっているとアナウンスしている。知多方面に帰る人たちは当面足止めだ。それにしても、連日人身事故ばかりつづくのは、やはり暮のせいだろうか。来年のカレンダーが楽しみな人も、カレンダーが今日で止ってしまう人もいるのだ。

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2007年12月26日 (水)

とれない借金鳥

借金がある。

といっても、債務者ではなくて、こちらは債権者。仕事上で付き合いのあったコンピュータセールスマンに、5年前に貸した20万がそのままになっているのだ。

こちらの状況も変わったが、彼の状況も変わっていて、コンピュータにもセールスにもかかわりを失くしてしまった状態。いわば、爺フリータの自分と同じような環境にある。立派な多重債務者のステイタスを自慢していい。

ということは、こちらの貸し金は大した額ではないわけで、返却順からいれば大分後ろにいるわけだ。果たして全額回収ができるのかどうか、いささか心もとないが、年末ということで一度は会って、イヤミのひとつも聞かせようというわけで、しつこく電話をして捕まえ、今日は文字通り1年ぶりの再会となった。

債権を確認しておこうと「借入金確認書」なるものをタイプし、出来そうもなさそうな「先一年の返却計画」をあわせて持って行った。駅に車で現れた彼は、着るものこそユニクロの安フリースだが、以前の太りすぎが調整されて、動きも大分軽快になったようだ。これなら仕事があってもいいのだが少しもあせった様子がない。イヤミを云おうにも張り合いのないことだ。

喫茶店に入り、コーヒーを注文。他愛のない馬鹿話からスタートする。サラリーマンの仕事が続いていれば、そろそろ定年を視野にいれる年代になるわけだから男の分別盛りなのだが、いたってマイペース。食えているうちは死なないとばかりの開き直りも見える。社会適応を誤ったこういったタイプの人間も世の中には結構いるのかもしれない。

2時間ほど話し合ったが、あまり先は見えない。結局、借入金確認書にサインを書かせて、駅で近いうちの再会を約して分かれた。来年も督促がつずくことになりそうだ。 どうやら餌採りの巧い借金鳥にはなれない自分を発見した。

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2007年12月22日 (土)

嫌いな額面広告

ラーメン屋の厨房だろうか、赤い前掛けをした中年男がオヤジ然と腕を前で組み、カメラ目線で睨みをきかす写真。添えられたコピーは「聞く耳をもたないことが、いちばん大切だ」とある。

電車の戸袋に貼られた額面広告。スポンサーはローカルの酒造業者、個性と味わいの無骨な地酒のクレジットにブランドの「Oころし」と一升瓶が写っている。職人を並べて、いろいろなウソブキをさせるのがこのスポンサーの「無骨」なところというのだろうか。

どうということはない広告だが、なんともこのウソブキコピーが嫌だ。

人間関係をきめる日本人の社会的ルールを、こうやって簡単に否定してもらってはこまるのだ。「反語的な語法だ」ということくらい、先刻承知である。職人にウソブカせるのが「格好いい」と思っているコピーライタはいくつくらいの男(女かも)なのだろうか。これにOKをだしたスポンサーはどんな顔をしているのだろうか。

問題は、このコマーシャルを読んで若い連中はどう考える(考えない)のだろうかということ。若者はこれを「反語だ」とはとらないのでないか。多くの人たちが、この作られたウソブキを文字通りストレートに受け取るとすれば、このコマーシャルは巧まずして、社会ルールの違反といって大げさなら、倫理意識のズレを助長するメッセージを平気で出していることになるのだ。

人生経験のない、言葉の修練も足りていない、たとえば20代のコピーライタが出してきた企画を、こちらも笑いながらOKする何も知らないスポンサーたち。彼らにはほんの「言葉のあそび」であっても、これが重層的に幾度も繰り返されれば、価値観の変化をもたらすモーメントになるかもしれないではないか。言葉はいきもの、変質も早いのだ。

どっかで見たような安っぽい広告企画や舌たらずのいい加減コピーを野放図にすることは、日本の文化レベルの低下であるともいえそうである。わたしならこの酒を飲みたいとは思わない。

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2007年12月21日 (金)

年寄りのマナー

アポ時間まで万歩を続ける。

途中の小学校の運動場からゴムの毬が目の前の舗道に落ちた。フェンスから手を出した小学生が「おにいさん、ボールお願いします」とのたまったので、悪い気はせず「はいよ」とばかりボールを返してやったら「ありがとうございま~す」と返した。なかなか幼児教育が出来ていそうな学校ではないか。

子どもがこうした対応をする反面、自分と同年輩の年寄りのマナーが乱れていそうなのが気になる。

折も折、定例のMドナルドのカウンターでそれを目撃した。白髪の老人が並んでいる列の横から、スルリと前へ。ごく自然に注文体制にはいってしまったから、カウンターの担当も文句も言えなそうだ。白髪の老人は、おやつ程度のオーダーをして先に着席し口を動かし始めている。こちらも睨んでやったが効果はなさそうで、横入りをしたことなど意識の中にはないといった様相だ。

ひょっとすると、こうした老人たちの傍若無人が、いろいろなところでまかり通っているのではないだろうか。若い人々のエキセントリックともとれる「叛」社会的行動に注文をつけることの多いこのブログだが、今日ばかりは、逆の評価をせざるを得ない。

年寄りは敬われ保護されるべきものという旧いモラルが今も生きているのかどうかだが、横入りをした老人の気持の隅には多分これがあったのだろう。しかし「敬われ優先される」ことを他人に要求するのなら、人生の先達として老人たちは、その社会的マナーのよさを率先して若いものたちに見せてやる「無言の教育」というオブリゲーションがあるはずではないのか。列の後ろにならんで待って、若者が順番をゆずるというのが、日本的な社会モラルの表現だと思う。

我の強い老人ばかりの世界というのもあまり気持のいいものではない。

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2007年12月16日 (日)

猫の寒サカリと同じ

外気温はだいぶ下がって冬らしい寒さが感じられる。風がない分だけきびしくはないのだが。

12月もこのあたりになると、野良猫のサカリが始まる。夜中になると、近くの広場で奇妙な啼き声を上げながら、オス同士のバトルが始まるのだ。寒サカリと云うらしく、寒さと子育てのタイミングをズラす自然のルールのようだ。

どうやら、この寒サカリは近頃の日本人にもあるようだ。言い方は悪いが今日はヒトのサカリを3件もいっぺんに見て、世の中一体どうなっているのかと、いささかうんざりした。帰りの電車、ベンチシートの隣のカップル、電車の揺れにまかせて、ネッキングを始めたではないか。こにらの眼のすみで彼らの微妙な動きをつい追ってしまう。

前側のシートには5~6人の乗客が乗っているが、このカップルの動きが気がつかない風に、視線はあらぬほうを見つめている。中には、未就学の子どもをつれた母親も。子どもは、目前のカップルの動きには興味はなさそうだが、カップルの動きはしっかり観察しているのだろう。この子の気持の中では他人が「電車で抱き合うこと」を数回目撃すれば、その違和感はどんどん薄れて、この子が大きくなったときには、自然な社会行動としてコピーすることにほぼ間違いはない。母親はこのことを説明するのだろうか。

駅を降りて改札機にむかう途中、人の流れの真っ只中で、体を寄せて抱きあう高校生二人。横を通る人の視線は無視され、二人だけの世界に没入してしまっているようだ。それにしても、よりによって、人の通行の邪魔になるこんな場所で抱き合わずともとおもうのだが。教師はこうしたことにコメントはしないのだろうか。

続く3件目は、駅前に停車したSUVの中。電車から降りてくる家族でも待ち合わせているのだろうと思ったが、左にあらず。通りすがりにサイドのガラスから覗くと、中の二人は熱き抱擁の真っ最中だった。アリャリャである。彼らにとって、車内はプライバシーが確保された個室の気分なのだろうが、おあいにく様、すっかり外からお見通しだ。

3組のカップルからは、好きだから抱き合っているのに何が悪いと反論を食いそうだ。こちらも他人の恋路を邪魔するつもりでいるのではない。日本人はいつ頃から「はずかしさ」や「世間の眼」というものを忘れ、恐がらなくなってしまったのだろうか。

電車の中、駅の構内、車の助手席、いずれも他人の眼に晒される「社会の場」ではないのか。社会の場を意識せずとも平然と暮らして行け、誰も文句を言わない社会、自主規制のブレーキが利きにくい世の中、プライバシー尊重の名の下の無責任な放任主義、責任の伴わない自我主張、これらの流れはどこへゆきつくのか。昨日の銃乱射事件と見かけは違っても、同根の問題なのかもしれない。

羞恥心をもたない個人行動が許されるとするなら、もはやこれは猫のサカリと同じだろう。

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2007年12月13日 (木)

DIYスーパーストアの開店

名鉄堀田駅の上から望める空き地(以前は長い間ゴルフ練習場だった処)にDIYのスーパーがオープンした。

初日はどんな具合か野次馬根性で立ち寄ってみた。4万平米の敷地に1万2千平米の売り場面積というのは、どれほどの規模かは解らないが、入った感じでは「ド」のつく広さとは感じなかった。平日のせいか、思いのほか混雑はみられず、こちら同様に近隣からの野次馬客が多いように感じた。DIYの専門なのだから、建築関連の資材が広いのは当然なのだろうが、一般客はチラシの安売りを目指して日用雑貨、消耗品のコーナーに集まっているようだ。

群馬・高崎が本社のこのチェーン、どうやら中部エリアをも展開拠点にするべく、最近は短いインターバルで出店を繰り返している。ここは県下6番目、市内でも3番目の店舗になるらしい。ローカルの知名度も少しずつ上がってきてはいるのだろう。新堀川をはさんだ西には同業のKが数年前に出店して地歩を固めているわけだから、結構挑戦的な立地だといえよう。果たして、それほどに名古屋地区は潜在需要があるのだろうか。

さほど広くない通路を、大きなショッピングカートが行き交って、時として邪魔くさい。こうしたカートに寄りかかるように棚を巡る客の多くは老年の女性たち。こんな景色を、実はすでに見たことがある。今から30年ほど前のアメリカ東部。今で言うメガストアの走りがすでに始まっていて、ここより何倍も大きいショッピングセンターが、自分の留学していた大学町の郊外にも2つあった。

ドル固定相場の当時である。強いドルに対抗するには、生活費を切り詰めることが前提だった学生はときどき、仲間の車で買出しに出かけたものだ。そこにも、大きめのショッピングカートに凭れるようにして商品をあさる老女たちがたくさんいたのである。ちょうどヴェトナム戦争が終わってアメリカの景気も今ひとつ、切り詰めはなにも学生の専売ではなかったようだ。しかし、店内には商品がヤマのように積まれ、オンナたちは結構大胆に買いまわっていたのを記憶している。メガマートが力をつけ、老人パワーが全開の今の日本は、30年おくれでアメリカのありようを追いかけているような気がした。

今日はコーヒーをやめて、近くの甘味喫茶で「ぜんざい」をTRY。ここも中京地区では有数のコーヒーチェーンが展開する実験店。こちらの客層は案に相違して男性ビジネス客だった。

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2007年12月 8日 (土)

米国の大学教授の年収は?

姉の白内障手術日、今日はまず片方の左目だけを済ます。手術自体は20分くらいで終わって、あすからは予後の養生なのだとか。眼が見えないからと、晩飯はなし。

駅前のビーフカレーとコーヒーで外食夕飯を済ます。耳から入るVOAのPODキャストでは、アメリカの大学教授達の年収について説明している。日本の大学教授の給料はどれほどかは知らないが、日本の大学では学生があつまらないところも多いのだから、近頃の教授連もそうはノウノウと暮らせているわけではないだろう。以下はVOAの英語解説から取り込んだ情報。

高等教育クロニクルの年表によると、昨年度、全米のフルタイムの教授の平均年収は9万9千ドルだったという。今日の為替レート(1$=111円)で換算すると1099万円。助教授は7万ドルで777万円、講師は5万9千ドルで655万円なのだそうだ。私立の有名校あたりではもっと高い年収になるのだろう。やはり教授は結構手厚く対応されているようだ。

全米労働統計で他の職業と比較すると、助教授の取る7万ドルが、ほぼ一般の事務職、経理職の年収と同じで、コンピュータプログラマーよりは1万ドル少ない。因みに一番年収の多い分野はやはり管理職で9万2千ドル、法律関係で8万5千ドルという。年収に加えて教授達には保険や年金などのベネフィットと呼ばれる追加収入が与えられるが、これは大学によって異なっている。

スペイン語など外国語の講師は4万8千ドルと教育界全体の平均に近い年収を取っているようだが、ニーズの高いエンジニアリングなどと比べるとやはり低いらしい。日本円だと533万円だから、日本人講師なら不満タラタラということになろうか。

言語によっても差があって、アラビア語のような最近の人気語学の講師は当然高い年収が保証されているようだ。日本語の人気度はどうなのだろう。さらに、組合加盟の出きる州などでは賃上げ要求が可能だし、大学の目的によって要求される教え方の技術も違い、それが収入の差になって現れるのだという。

つい先日PISA(生徒の学習到達度調査)で義務教育終了時の生徒に読解力、数学的・科学的リテラシーを計った国際比較が発表されていたが、アメリカではこうした学生の理解力の幅が、日本以上に大きいのだろうから、大学の教授陣の「教える力」というのも、給与の多寡として評価されていくのは当然のことになるのだろう。

655万+アルファで優秀で若い外国人の講師(アメリカ人に拘ることもなかろう)をつれてくることでも、日本の大学教育の質と幅がちがってきそうな気がして面白いがどうだろう。

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2007年12月 5日 (水)

早い日の入り

夜が最も短いという冬至は22日で、まだ少し先だが、ちょうど今あたりが一年で最も日没の早いタイミングらしく、このあたりでは午後4時40分くらいで陽が落ちる。時間つぶしの図書館を午後5時に出る。すでに外は暗くなって気温が下がり、落ち葉が散り敷いた舗道を、帰りを急ぐサラリーマン達が俯き加減に通り抜けてゆく。木立の上には鳥の鳴き声も消えている。

カレンダーには日の出が6時45分とあるから、陽のある間は9時間弱ということのようだ。一年で日の出の時刻が最も遅い日・日の入りの時刻が最も早い日と、冬至の日とは一致しないというのは、調べてみて始めて知ったこと。日本では、日の出が最も遅い日は冬至の半月後頃であり、日の入りが最も早い日は冬至の半月前頃なのだそうだ。

TVでは、日脚の短いこの頃の交通事故が一番多いと警告のメッセージを出している。急に暗くなる為、視力が周りの状況についていけず、それが事故に繋がるらしい。暗い舗道を歩くこちらも、自転車の突っ込みや小路から出てくる自動車の動きに注意をしながら万歩を稼ぐ。

眼鏡のレンズが割れ、旧い眼鏡で代用をしているので、ピントが微妙に合わないのである。時々眉間にシワをよせて交通信号を確認する。それで気がついたのは、青信号のLED。昔はブルーかかった色彩のものが多かったのだか、最近は緑色の青信号もあるのだ。赤信号も黄信号も昔の色とは少し違ってきているのかもしれない。

上空には風があるらしく雲は切れている。月が無いのか空も暗い。冬の星座を眺めるのも一興だろうと立ち止まって北の空を見上げてみる。キャラバンサライではないが、天球の中心たる北極星を見つけたい。ひしゃくの先を探せというわけだが、その北斗七星がどこにあるのか、天文素人には夜空の星を特定することも難しい。

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